鶏口となるも牛後となるなかれの盲点

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私が良く意識する言葉に
『鶏口となるも牛後となるなかれ』
というのがある。

鶏口となるも牛後となるなかれとは、大きな集団の中で尻にいて使われるよりも、小さな集団であっても長となるほうがよい。
出典 故事ことわざ辞典

という意味のことわざで、
私のように大企業に属さずに、中小零細企業を興してチャレンジしている
人間にとっては士気を鼓舞してくれるような言葉であるが、
一方、鵜呑みにすると盲点が生じるとも感じていて
「井の中の蛙大海を知らず」の訓戒を併せて意識したいと思っている。

というのも小さな集団でトップになり甘んじてしまうと、
一歩外に出れば、旧態依然として、通用しないような
レベルに成り下がる事態を恐れるからである。

お山の大将、受験で全滅

受験においては
「高いレベルの学校よりも、ちょっと低めのところに行ってトップにいた方がいい」
とはよくいったものだが、
ある近隣の穏やかな少人数の某公立中学校のトップ40名ほどが、
地元のトップレベル高校を受験し、ほぼ全滅したという話を耳にしたときに、
あなおそろしと感じた。

自校内でトップであることは誇らしく、確かに受験勉強の
モチベーションを上げてくれるだろうが、
目指す最終ゴールに達するに十分な実力を付けることこそ肝要である。
自校内だけの地位に甘んじずに、近隣校も含めた受験区域全体の中で、
自身がどのレベルにいるのかを推し測る視点をもたねば不十分であった。

小集団のトップ技術者は外に出ても通用するのか

ある零細WEB制作会社のトップのコーダーは、HTMLの書き方が10年前のまま。
後輩が入って、少しでも新しい技術導入を提案しても「まだ早い」の一点張り。
確かにやたら新しい技術を入れれば良いというものではないが、
他社に比しても自社のスキルアップが遅れている。
後輩が「このままじゃ俺、数年後に仕事なくなる」と危機感を抱く傍らで
彼も小集団でのトップに甘んじ、外界が見えなくなっていた結果、
「一歩外に出ると通用しない集団」を醸成しているに過ぎない。

ここまで極端な例はまれかもしれないが、それにしても
外界を意識せずに小さな集団の中で、日々の業務が無難にとり行われているうちに、
外界との差がどんどん開いていくなどということは、あり得ないことではない。

鶏口の座に甘んじるなかれ

しかるに小さな集団内でいくら通用しても、世の中の平均において、
自身・自社の知識レベル・技術水準はいかほどのものか、
常に意識していく必要はあるだろう。

鶏口たるもの甘んじることなく、牛後以上にキャッチアップし続けること。
それがひいては組織全体のレベルを上げ、長く自社が世に必要とされることに
繋がる。

また個々人においては、外界でも通じるスキルをつけておくことが
リストラ倒産などいかなる事情でいつ何時、社外に放り出されても、
ひとかどの者としてつぶしを利かせるための、キャリア的リスクヘッジにもなる。

言い換えるなら
「鶏口となるも、常に牛後としての価値を測るべし」
ともいうべきか。
自戒を込めて。

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書いた人
めぐ茶めぐ茶
Web制作とシステムの会社をやってるワーママ社長です。
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