男は転職で家族ごと住む場所を変えられるけど、女はそうはいかないよね。

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「お伝えしなくてはいけないことがありまして…」
と、あるお客様にきりだしたら、
「めぐさん、『やっぱり東京にもどるので、お別れです』とか言い出すんじゃないかと思いましたよ~」
と言われた。
実際お伝えする内容は、お見積があわなかったお詫びだったのだけども。

もし男性なら、自分の転職で、家族を巻き込んで住む場所を変えることを許されたかもしれないけど、女性であり家庭責任者の私は、残念ながらそうはいかない。
(できるなら、とっくにそうしているだろう。)

女性都合で転勤することの後ろめたさはあるよね

たまに奥さんの転職や転勤で旦那も引っ越すなんて話は聞かなくもないけれど、それは一部の折り合いがついた人にだけ許された特典だ。
そして、たとえ許されたとしても「女性なのに、子供いるのに」といった、男性なら咎められないような非難を受けるリスクを織り込み済みで、それをやらなくてはならない。

(男性も転勤したい人ばかりではなく、今どき、逆差別的なことも問題になっているけれども…ここでは、転居を織り込み済みで職業を選ぶ場合を前提として話をすすめたい。)

学生時代までは男性と同じ土俵なのに

大学までは同じ評価基準で、男性並みに、または男性以上に結果を出してきた女性でも、社会に出て、家庭を持つ頃になると、性別的な役割による不利をこうむる機会が多くなるのは皮肉なことである。

ホリエモンみたいに、
「地域格差を言い訳にしてないで、東京来ればいいじゃん。」
「家族持たなきゃいいじゃん」
と、すまして実行出来れば楽だけれども、多くの家庭を持つ女性と同じように、私もそこまでできない一人だ。
地元には両親もいるし、子どもや主人も巻き込む。

彼がやりたい放題している間に、彼の子供を1人で育てる義務を押し付けられた誰かがいると思うと、本当にどの口が言っているのだと思う。
(なお、上記を差し引いてもホリエモンは尊敬している人の一人である。)

地方での役割があると自分に言い聞かせる

以前にも
「めぐさんが東京に行っちゃう夢を見て泣きました。」
って言ってくれたお客様はいて、そう言ってくれる人が1人でもいるだけで、私も地元にいる価値があるのかなと思う瞬間もある。
逆に、そう自分に言い聞かせることで、今一度このフィールドで頑張る意義を見出している。

置かれた場所で咲きなさいという言葉はあまり好きではない。
本当は自分のいるフィールドは自分で選択したい。

しかし、そういう想いが芽生えるたびに
「変えられる物と、変えられない物を、見分ける知恵が必要」
と示唆するニーバーの祈りを反芻する。
男女差別が減ってきたとはいえ、いまだ女性にとっては、「変えられない物」とされることが男性に比べて多すぎる。

地方にいなきゃいけない抗えない運命の先に、何か天命があるのだとしたら、それが現れるのを待つとしよう。
もう少しで、見えてくるような気もしている。

それまでは、見もしない華やかな舞台にいられなかったことを悔いるよりも、必要だと言って、時に泣いてくれる一人のために、するべきことをする。目の前の人を大切に生きる。
それで、いいことにしようと思う。とりあえず今は。

ニーバーの祈り

神よ、私にお与えください。
変えられないことを、受け入れる心の静けさを、
変えられることを、変える勇気を、
そして、変えられるものと変えられないものとを、見分ける叡智を。

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書いた人
めぐ茶めぐ茶
Web制作とシステムの会社をやってるワーママ社長です。
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